私の『ブギウギ』

富田 望生 女優
エンタメ テレビ・ラジオ

 2022年6月、NHKの朝ドラ『ブギウギ』の制作が発表された。よく晴れた日だった。清清しく風が吹く世田谷線のホームで、咄嗟に「このヒロインオーディション受けたい」とマネージャーさんを前に口にした。

富田望生さんが『ブギウギ』で演じた小林小夜 ©NHK

 過去に一度、朝ドラのヒロインオーディションを受けた経験はある。長い期間、何度も繰り返される審査。その度に来る、結果を待つ日々。頭の大半が占領され、ずっと緊張がへばりついていた。『ブギウギ』を受けることで、前回と同じ状況になってしまうのではないか。既に頂いていた仕事、託された役を全うできるのだろうか。なかなか審査書類の筆は進まなかった。もしまたダメだったら……と、あの大失恋をしたかのように燃え尽きた自分が蘇ってきて、何度も筆が止まった。

 そうして始まったヒロインオーディションは、約4カ月に及んだ。最終は前回と同じ、NHK大阪。「おかえり」と迎えられた。泣いても笑っても最後の審査。帰り際にいただいた、「またね」という言葉に、なんだかまたきっと会える気がした。何に? 誰に? それは分からない。だから、望んだものとは違う知らせが届いた時、一晩だけ大泣きして、ヒロインとはあっさりお別れした。

 それから約半年。“彼女”は突然やって来た。小林小夜ちゃん。ヒロインである歌手・福来スズ子の付き人役だ。スズ子の歌が大好きで、奉公先の福島を飛び出して上京し、「オレを弟子にしてくんちぇ!」とスズ子に迫る。戦後の日本を度胸と愛嬌でたくましく生き抜く少女である。

 強烈な福島弁の台詞が目に入った時、とんでもない役が舞い降りたと思った。私は福島県いわき市の出身だ。演らないわけがない! と、二つ返事でお引き受けした。

 私がこの世界に入ったきっかけは、東日本大震災で東京へ避難し、友達と離れ離れになってしまったことだった。「福島の友達がテレビに出ている私を見るかもしれない」と突発的に閃いたのだ。今思えば、奉公先から逃げた小夜ちゃんが、スズ子さんの弟子になる! と突進していった行動力に似たものがあったかもしれない。

 あれから10年以上が経つ。朝ドラという沢山の人が覗く“大きな窓”の様なところで、福島出身の女の子を演じられるなんて……夢にも思っていなかった。きっと福島の皆さんも前のめりで“大きな窓”を覗いてくれるのではないか。まだ少し先の撮影、そして放送は更にその先なのに、故郷からどんな感想が来るだろうと楽しみで仕方がなかった。

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source : 文藝春秋 2024年5月号

genre : エンタメ テレビ・ラジオ